調理師・ライター。つくること・食べることが大好きで調理師免許を取得。医療福祉施設での勤務経験を生かして、日ごろの衛生管理やおいしいご飯のレシピについて、お届けします。オムライスとモンブランが大好きです!
泣く泣く処分していた野菜が、あっという間によみがえるとかつて話題になった「50度洗い」。本当に効果はあるの?どうすれば失敗しないの?野菜以外も50度洗いは有効なの?肉は洗えるの? そんな50度洗いに関する疑問や噂を病院勤務経験のある調理師が解説します。
「50度洗い」で野菜がシャキッとするワケ
50度洗いとは、主に野菜の鮮度を保ち、食感をよくする下ごしらえ方法。蒸気技術の研究に40年以上携わっている平山政一さんが考案したもので、研究の最中、偶然にも発見された方法だそうです。
では、50度洗いでなぜ野菜はシャキッとするのでしょうか?その仕組みを簡単に解説します。
野菜は収穫されたあと、細胞から水分が蒸発するのを防ぐために、表面にある気孔を閉じてしまいます。しかし、気孔を閉じても水分は蒸発していくので、長く新鮮さを保つことはできません。そこで50度洗いの出番です。
気孔が閉じた野菜を50度前後のお湯で洗うと、熱によって気孔が開き、細胞に水分が吸収されていきます。また、野菜の細胞が50度になると、細胞の間にあるペクチンとカルシウムイオンが結びついて、細胞同士の結びつきが強くなるんです。
つまり、50度のお湯で細胞内に水分が吸収され、細胞の結びつきが強くなることで、野菜がとれたてのようにみずみずしく、シャキッとした状態になるんですよ。
野菜を「50度洗い」する方法
50度洗いはところどころで気をつけるポイントがあるものの、コツをつかめばとても便利に使える下ごしらえ方法です。
では早速、50度洗いのくわしい手順を写真付きで確認していきましょう。
用意するもの(もしくはあると便利なもの)
- 50度のお湯
- ボウル
- ざる
- 菜箸
- 氷水(野菜の量が多い場合)
- 50度洗いしたい野菜
50度のお湯を用意する方法
<給湯器がある場合>
60度に設定してお湯を出します。
50度に設定すると、ボウルにためている間に温度が下がってしまうため、60度設定がおすすめです。
<給湯器がない場合>
沸騰したお湯と常温の水を1:1で混ぜます。
夏場は水道水の温度が高いため、沸騰したお湯を若干少なめに入れてもOKです。逆に冬場は、沸騰したお湯を多めに入れて温度を調整しましょう。
いずれの方法も、温度計を用いて確認するのが確実です。
食材を入れると少なからず温度が下がるため、50度より高めの温度のお湯を用意してください。
野菜を「50度洗い」する手順
1.野菜を準備する
レタスなどの葉野菜は1枚ずつにするか、食べやすいサイズにカットします。
きゅうり、しそなどは、そのままでOKです。
2.お湯につけて洗う
用意した50度のお湯に野菜を沈め、さっと洗います。
葉野菜は20~30秒、しそやネギは10~20秒、きゅうりなどは2~3分です。
3.お湯から取り出し、冷ます
時間が経ったらすぐに取り出すかザルにあけ、冷水(できれば氷水)で冷まします。
食材が少ない場合は、キッチンペーパーなどを敷いた皿に広げて冷ましてもよいでしょう。
4.水気を拭き取る
熱が取れたら水気を拭き取って、料理に使います。
野菜類はしっかり水気を切ったあと、保存も可能です。
「50度洗い」をする際に気を付けたいこと
お湯の温度が低い状態だと、50度洗いの効果が十分に得られません。
また、温度が50度以下になると食中毒菌が繁殖しやすくなるため、湯温は50度以上をキープしてください。
- お湯の温度を50度以上に保つこと
- 50度洗いをしたあとは、食材の温度を素早く下げること
食中毒菌は20〜50度前後で繁殖するため、50度洗いにリスクがまったくないとは断言できません。上記2つのポイントを守れば、菌が増えるリスクはある程度回避できるでしょう。
加えて生肉や生魚を洗うと、ドリップなどに含まれる食中毒菌が飛び散って、菌が増える原因になります。
- 水滴が飛び散らないように洗う
- 周辺に調理器具を置かない
- 50度洗いをしたあとは、シンクなどを十分に洗浄する
生肉や生魚などを50度洗いする場合は、上記の対策が必要になることを理解しておきましょう。
「50度洗い」をやってみて感じたメリットとデメリット
では、ここから実際に50度洗いをおこなって感じた、メリットとデメリットを紹介します。
実際やって感じた「50度洗い」のメリット
50度洗いで、特に違いを感じられるのが野菜です。
なかでも葉野菜の変化は顕著で、洗うだけでハリがでて、みずみずしいとれたてのような状態にできます。
また、50度のお湯で洗うと、野菜の表面に付着している農薬や汚れが少し落ちやすい点もメリットです。
その他、肉や魚を50度洗いした場合、表面の酸化した脂を洗い落とせるため、生臭さが取れておいしさがアップするんですよ。
実際やって感じた「50度洗い」のデメリット
50度洗いは「50度」と名前にあるように、50度前後のお湯を使わなければ効果を得られません。
わざわざ50度のお湯を用意しなければならないのは、少し面倒なところですね。
食材を洗う際も、それぞれに適した「洗う時間」があるため、まとめて下処理できないのもやや手間がかかるポイントです。
また、50度のお湯は思ったよりも熱いもの。
洗うために使うボウルなども熱くなるため、低温やけどの危険があります。
専門家がアドバイス!50度洗いの気になる6つの疑問
まだまだ「50度洗い」に関する疑問を抱えていたり、うわさが気になったりしますよね。病院勤務経験もある専門家が、50度洗いのよくある疑問やうわさに、調査の結果と調理師の経験を生かしてお答えしていきます。
Q1.50度洗いに適した野菜は?洗う時間の目安に違いはあるの?
特に「50度洗い」におすすめの食材は以下です。
おすすめの食材と洗う時間の目安
- レタス(葉物の野菜)……20~30秒
- ねぎ、しそ……10~20秒
- きゅうり、なす……2〜3分
葉野菜や薬味系の野菜は数十秒、きゅうりやなすなど実野菜は数分、浮かんでこないように沈めながら洗ってください。
Q2.「50度洗い」と「氷水につける」。どっちが野菜がシャキッとする?
野菜をシャキッとさせる方法として、氷水につけるやり方も一般的ですよね。
結論からお伝えすると、原理だけを考えれば氷水よりも50度洗いの方がより効果的です。
野菜が氷水でシャキッとする理由は、浸透圧の作用で野菜の細胞に水分が移動するから。
中途半端な水温で、野菜の細胞が軟化してしおれないように、氷水が使われます。
一方、50度洗いは野菜の気孔を開き、中に水分を取り込む方法。
浸透圧を利用した方法よりも、細胞に水分が行き渡りやすいと考えられます。
氷水と50度洗い、どちらも野菜をシャキッとさせるには有効です。
- 氷水(所要時間:5〜10分)…時間に余裕がある、お湯を使いたくない
- 50度洗い(所要時間:数十秒〜)…時間があまりない、野菜がかなりしおれている
上記のポイントを参考に、使う方法を決めてみてください。
50度洗いをしたあとに、氷水で冷やすのもおすすめですよ。
Q3.「50度洗い」で野菜の栄養素が溶け出すことはない?
50度洗いで野菜の栄養素が大幅に溶け出してしまうことは、ほぼありません。
お湯や水で流出してしまう栄養素は、主に「水溶性ビタミン」です。
ある研究(※1)では、ほうれん草を沸騰したお湯で1分間ゆでたとき、水溶性ビタミンであるビタミンCは最大74%残っていたという結果が出ています。
50度洗いはゆでるよりも低い温度のお湯に、数十秒浸すだけの方法なので、大幅に栄養素が溶け出す心配はないでしょう。
Q4.貝の砂出しにも効果があるって本当?
インターネット上の情報を見ると、特に意見が分かれている「アサリの50度洗い」。
50度のお湯にアサリを浸すと、5分程度で砂抜きが完了するといわれている方法です。
あらゆる情報を比べた結果、この記事では「アサリの50度洗いは半分正しく、半分は誤り」と紹介させていただきます。
アサリの砂抜き方法と、その仕組みは以下のとおりです。
- 塩水に浸す砂抜き……アサリの水管に入った砂を吐き出させる方法
- 50度洗いによる砂抜き……アサリの身の表面についた砂を、熱によるショックで押し出させる方法
つまり50度洗いでは、アサリが身の中の砂を吐き出す可能性が低いと考えられるんです。
また、アサリは過去に夏の高温下で大量に死んでしまった事例(※2)もあります。
この事例からも、アサリが50度のお湯の中で生きていられると考えるのは難しいでしょう。
確実にアサリの身の中から砂を抜きたい場合は、やはり塩水に浸す方法がおすすめです。
身に砂がついている可能性があるアサリや、どうしても時間がないときには、50度洗いを試してみる価値があるかもしれませんね。
Q5.肉や魚は「50度洗い」してOK?
肉や魚を「50度洗い」すると、表面の酸化した脂が落ちるので生臭さを取り除くことができます。
ただし、肉や魚は、食べる直前に50度洗いをするのがおすすめです。
なぜなら、肉や魚は野菜よりも食中毒菌に汚染されている可能性が高いから。
50度洗い後の管理状況によっては、50度洗い前よりも食中毒のリスクが上がってしまう危険性があるので、注意が必要です。先ほどご紹介した注意点を守って洗うようにしてください。
また、鶏肉に関しては、洗浄は推奨されていません。
洗うと表面に付着していたカンピロバクターがシンク内外に飛び散るためです。
実際に欧米では、政府から「鶏肉を洗わないでください」と注意喚起がされています。
鶏肉の50度洗いは、できるだけおこなわないようにしましょう。
Q6.減菌効果はあるの?
食中毒菌には、50度以上で死滅する菌も存在しています。
しかし、「50度洗いで確実に菌を減らせる」という研究結果は出ていません。
また、50度洗いは短時間でおこなう方法。62〜65度でおこなう低温殺菌でも、30分以上は加熱し続ける必要があります。
50度洗いは、数十秒から数分で野菜をお湯から引き上げる必要があるため、菌を減らす効果はあまり期待しないほうがよいでしょう。
正しい「50度洗い」で食材をムダなくおいしく食べよう!
「50度洗い」の疑問は解消しましたか?
しなびてしまった野菜もとれたてのようなみずみずしい状態に戻る、肉や魚は生臭さを取り除ける、と「50度洗い」はとても便利な下ごしらえ方法です。
その一方、一歩間違うと食中毒のリスクが高まる場合もあるので、正しく理解して洗いたいですよね。
この記事を参考にして、食材をよりおいしい状態でいただきましょう!
参考資料
※1 食品中ビタミンの調理損耗に関するレビュー 検索日:2021/7/28
※2 夏季高温下におけるアサリのへい死 検索日:2021/7/28